「最悪だ…」

「何が最悪なんだ?」

「…え…この声…」

 

低く落ち着いた声は11歳の少年の声ではなく、もっと成人の男性に近い声。

モクモクとした煙の中から徐々に声の主が姿を現す。

真黒なスーツは今と何ら変わらずきっちりと整えられ、几帳面にアイロンがけされた

真白なシャツが映える。

ただ少し緩められたネクタイから、丁度くつろいでいたところだったのは見て取れた。

 

「リ…ボーン?」

「チッ…このアホ牛が…」

「え?」

 

丁度プカプカと湯船に浮いていたリボーンと入れ替わりに10年後のリボーンが召還される場所は

当然湯船の中であり、足元はいくら足が長いとはいえ、半分以上がつかってしまう訳で。

リボーンと思われる青年はツナの後ろに騒動の元を発見し、腹立たしげに浴槽から出ると

長い指でランボの腕を取り、もう片方の手で窓を開け、勢いよく外へ投げ出した。

 

「ぐぴゃあぁあああぁあぁ……グフッ」

 

おまけにランチャーをぶっ放す事も忘れずに。

仕事を完璧に終え、やっとのことで目の前にいる10年前のツナに目を向ける。

 

10年前の僕。10年後の君。--10年前

 

「チャオ、ツナ」

「……チャ、チャオ…アハハハ…」

 

笑うしかなかった。

考えれば考えるほどおかしい…

湯船に腰掛ける青年の髪型や帽子、レオン…それに首から提げたおしゃぶりは

間違いなくアルコバレーノであるリボーンの特徴をそろえている。

だが…

 

「11歳にしてはでかすぎるって言いたいんだろ?」

「えっ?!あ……うん。君は本当に10年後のリボーンなの?」

 

やっとのことで口を開いたツナの問いに、リボーンは笑みで答える。

 

「俺たちアルコバレーノは通常の人間よりも成長が早い。ただそれだけだ」

 

アルコバレーノ…呪われた血のせいだと言われれば納得するしかない。

実際、普通の赤ン坊ならできる筈のない、ありえないことをアルコバレーノたちは

やっているんだから、その程度の事で今更驚くこともないだろう。

妙に納得したツナは、とりあえず冷えてしまった身体を温めながら未来の話でも聞こうと

立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

最近…いや多分10年くらい前からずっと自分の中にはモヤモヤした塊が存在していた。

他の誰に触れられても、不快には思うが大して気にはならなかった。

だが、ツナにだけは触れられたくなかった。

それは嫌だからとか、ツナが嫌いだからとかではなく…本当に自分でも訳がわからなかった。

寧ろ、触れて欲しいと思うこともあるし、俺からツナに触れたいと思うこともある。

 

「俺に気安く触れるんじゃない…じゃないと…」

 

その先に続く言葉が出てきそうで出てこなくてイライラしていた。

10年前のこの場所に来て、昔のツナに会えば何かわかるかもしれない。

そうちょっとだけ期待していた。

そして案外答えは簡単に出た。

最近は見ることのなくなったツナの裸…それに簡単に反応してしまう自分がいた。

ツナに触れさせなかったのは、己の欲望を抑えるため。

特に見た目は幼くとも精神だけはいっちょ前に大人並だった自分は、一端の欲望が渦巻き、

ただそれを叶えるだけの身体がないことに歯痒さを噛み締めていた。

だからこそツナに触れられるのは嫌だった。

ましてやこうして一緒に風呂に入るのは本当に苦痛だった。

何故なら自分が抱きたいと思う人物の裸を見せ付けられながらも、

自分の欲望をナカに吐き出すことはことは出来ないのだから。

要は惚れていたんだ、ツナに。

 

「単なる欲求不満かよ…」

「?」

「ツナ…」

「わっ///なにっ?!」

 

立ち上がったツナは、急に壁に押さえ付けられてアタフタしている。

この頃の自分は既にツナが好きだったんだろう。

焦るツナが可愛くて仕方がない。

既に欲望を達せられるだけの身体は手に入れた。

今ならツナと思いを遂げる事が出来る…が、これは俺のツナじゃない。

今にも犯してしまいそうな溢れ出さんばかりの欲望を僅かな理性で押し殺し、

それでも少しでも10年前のツナに10年前の自分の気持ちを知って欲しくて

そっとキスをした。

 

「ツナ…」

「リボ……ン?え…」

「そろそろ時間だな…」

 

周囲をまたモクモクと煙が覆っていく。

10年後の話を聞こうと思っていたのだろう、ツナは少し残念そうな顔をする。

 

「10年前の俺に聞け。少しは何か向こうの話を聞いてくるだろ」

「あ…うん。ねぇ、俺は向こうでは幸せにしてる?お前は幸せ?

あっ…ていうか、俺が10代目になったらお前は家庭教師じゃなくなっちゃうんだっけ…」

「……俺は今もお前と一緒に居る。多分お前も俺も幸せ…なんだと思うぞ」

「そうなんだ…よかった」

 

ツナは本当に嬉しそうに微笑んでいた。

もしかしたらツナも同じ気持ちかもしれない…そう勘違いしてしまう程、

たった一言--よかったという言葉がとても甘美な響きを持って聞こえた。

妙に期待を持ってしまった俺は最後の賭けに出ることにした。

もしも10年後に戻って、ツナがこの言葉を覚えていたとしたら…

 

「忘れるな、ツナ。10年後の俺はお前を愛している」

「え…何?聞こえないよ、リボーン」

「Ti amo Tsuna」

「えっ?何??…わかんないよ…」

 

恐らくイタリア語らしいことはわかるのだが、意味も分からず混乱するツナの唇に

軽く別れのキスを落として、リボーンはその場から消えた。

ツナはただボーゼンとするしかなかった。