あの日から数日… 表向きはいつものように任務を行い、いつものように解散して…何ら変化はないように思われた。 しかし女は男より勘のいい生物で、サクラはナルトとカカシの間に流れる空気を 敏感に感じ取っていた。 ここ数日というもの、カカシとナルトは一度も会話をしていない。 というよりも、カカシがナルトに話をさせてもらえないという方が正しいのかもしれない。 といっても任務上の必要最低限の言葉は交わすし、ナルトも今まで通り騒ぐのだけれども、 ナルトの発する言葉は全てカカシを通り越して、自分やサスケに向けられたものだった。 カカシはいつも何か言いたげな表情でナルトを見つめるが、ナルトは目線さえも合わそうとしない。 二人の間に何があったかわからないが、カカシが時折ナルトを酷く蔑むように見ていたことを 知っている自分としては、そうなってくれて良かったと思う。 そんな目を向けられても、カカシを慕って纏わりつくナルトを見ているのが苦しかったから… ナルトが己の気持ちに気付く前にこうなってくれた事はどこか喜ばしい事だったから。
参 * 夢魔 - TAPIR -
愛と憎はどこか似ている… 夢幻がナルトだとわかってからずっと、俺の頭はどうにかしてしまったらしい。 ナルトを見る度に、夢幻に対して抱いていた気持ちと全く同じものが込み上げてきて、 ナルトを夢幻と同じ様に抱きたいと…激しく欲情する。 今まで気付かなかったのが不思議なほどナルトのその肌は…その声は夢幻のものと 全く同じで…触れたいと、もう一度キミの声が聞きたいと思う。 しかし、あの日からナルトは変わってしまった。 普段のナルトとも違う、夢幻とも違う…冷たく突き放す態度は初めて見るナルトの一面だった。 そしてどうやらナルトは夢幻として俺の前に現れていた時の記憶がないらしい… 俺を憎み、蔑むような瞳だけが俺を見る。 俺はあんな瞳でナルトを見ていたのかと思うと、胸が酷く痛んだ。 確かに九尾は愛する師匠の命を奪った憎い化物だった… しかし、夢幻に対する愛情とナルトに対する憎しみが中和されてしまった今、冷静に見れば ナルトはやっぱりナルトで…九尾という化物と同一視していた自分が恥ずかしくなった。
任務を終え、報告書を提出するついでに一楽に行こうと俺は提案した。 一楽と聞いてナルトが拒否する訳がないと、したくてもできないだろうと思ったから。 ズルイ大人の考えだと言われてもいい…ただナルトとちゃんと話をしたかった。 三人の子供たちは仲良く歩く。 いつの間にこんなに仲良くなったんだか…サスケまでナルトに対しては良く話すようになった。 それがどことなく悔しくて、俺が嫉妬か?なんて自分に問いかけたりして。 そんな時、あの人が現れた…ナルトの大好きなあの人が。
「あっ!イルカセンセー!!!」
ナルトの声に気付き、イルカは最上級の笑みを浮かべて走ってくるナルトを抱き留める。 イルカは俺の姿を確認するとペコリと形式だけのお辞儀をした。
「こら、ナ〜ルト。これから皆で一楽行くんでしょ?」 「……」
無言のナルトを確認して、イルカはニッコリと微笑み抱く手を強めると俺に目を向ける。
「なんだか疲れてるみたいなので、ナルトは今日は連れて帰ります」 「あ〜でも悪いですから。なんなら俺が連れて帰りますけど?」
そう言って近寄ろうとした俺からイルカは一歩遠ざかる。
「イルカ先生?」 「ナルトは俺が連れて帰りますから」
その言葉にイルカの首に巻きついているナルトの手がキュッと強められた。 イルカは大丈夫だよ、と言わんばかりにナルトの背中をポンポンと叩く。 俺は一瞬でこの人はあの事を知っているのだ…と確信した。 無意識に俺はナルトに手を伸ばした。 そして同時に発せられた二つの殺気…俺は冷や汗を流しつつ伸ばしかけた手を戻した。
「な…」 「ナルトに触らないでいただけますか?アナタにこの子に触れる資格なんてありませんよ。 本来ならば担当を替えて貰うところですが、ナルトの意思を酌んで現状維持に留めているんです」 「イルカ先生!」 「わかってるよ、ナルト。あのことは言わないから…」 「あのこと?」 「とにかく、こうして現状維持できているだけでも有難いと思って下さい。では」
そう言って胸に顔を埋めるナルトを抱いたままイルカは去って行った。 俺は気が抜けたようにその場にしゃがみ込む。
「殺気だけなら上忍並じゃない、あの二人…一体何者なわけ?ねぇナルト…答えてよ…」
道のど真ん中に蹲る俺を通り過ぎる人が見て行く。 ところどころで悪く言う声が聞こえる…たったこんな僅かなことでさえ、胸が痛むのに… ナルトはずっと耐えてきたんだよね…今更気付いても遅いけど。 サスケとサクラはいつの間にか居なくなっていた。 気が付けば日は沈み、空には満天の星と美しい満月が輝いていた。
「夢幻…」
俺は報告書を提出し終えると当てもなく彷徨い、いつしか足は夢幻と…否、ナルトと初めて 出遭ったあの湖へと向かっていた。
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