知らなかったんだ… ただ、外の世界がどうなっているのか見てみたかっただけだったのに… こんなことになるなんて、知らなかったんだ…
壱 * 凱亜 - GAIA -
今日がいつなのか、今が何時なのか、全くわからない真っ白な世界。 ここにあるのは、真っ白な壁と、必要最低限の家具、そしてオレの為に用意された玩具。 いつも決まった時間にじいちゃんと食事を取る。 その時間だけが唯一外部との接触を許される時。 だけど、今日はその時間になっても一向にじいちゃんは現れない。
「はらへった…」
空腹をやり過ごす為にベッドに寝転がり、味気ない白い天井を見つめる。 ガチャ 音のした方に満面の笑みを向けると、そこには知らない人間が恐怖と怒りに満ちた瞳でこちらを凝視していた。
「…誰?」
オレの発した言葉にハッと我に返った人間は、途端優しそうな笑顔でオレに近付き囁いた。
「外に出てみたくはないかい?」 「…でも、じいちゃんが出ちゃダメだって…」 「火影様が君を出してあげてって言ったんだよ?」 「じいちゃんが?」 「そうだよ。ボクが案内してあげるから、一緒に行こう、ね?」
そう言って、オレに黒いフード付きの服を着せ、外は寒いからとフードを深々と被せてくれた。 はぐれない様にとオレの腕を服の上から掴む手から、暖かさが伝わってきて、じいちゃんとは違った体温を一生懸命 感じている内に建物の外に出た。 初めて見る木ノ葉の里はオレの部屋の何百倍も大きくて、沢山の色に溢れていた。 いつも適温に調節されていた部屋では感じることの出来なかった、冷たい空気に覚えた肌寒さが心地いい。 真新しい空気に乗ってやってくる知らない匂い。 全てが新鮮だった。 オレはあれもこれも知りたくて目の前の人間に尋ねる。 最初は笑顔で答えてくれていたのに、だんだんと怒り始め、挙句そのまま口を閉ざしてしまった。 少しずつ遠ざかっていく街並み、目前に広がる暗い森。 次第に募っていく不安…
「ねぇ、どこに行くの?」 「…」 「ねぇ、もう帰ろうよ!」 「うるさい」 「え?」 「うるさいんだよ、この狐が!!」 「…っ?!」
「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ…」
-- …なに? --
「化け狐を殺してしまえ!!」
沢山の呪いの声と同時に身体中に走る激痛。 眼をゆっくり開けると、オレは沢山の人間に囲まれていた。 恐怖、憎悪、怒り…負のオーラに彩られた瞳がオレに注がれている。
「オレの母ちゃんを返せ!!」 「あんたなんか死んでしまえばいいのよ」
言葉とともに投げつけられる石。 流れ出るオレの血…
「楽になど死なせてなるものか、苦しんで苦しみ抜いて死ね!」 「うあぁぁぁぁあぁぁあ!!」
産まれて初めて味わう激痛に、頭が朦朧としていく。
-- お願い、もう死なせて… --
-- チリン --
-- ?! -- -- チリン、チリン -- -- 鈴…の…ぉと… --
次の瞬間、目の前に巨大な鉄格子が現れた。
-- ここは… -- -- …チリン…チリン、チリン…チリン --
深い闇の奥から鈴の様な声が聞こえた。
「主に死なれては困る」 「!?」 「主に死なれては困る、と言っておるのだ」
目前に広がる深い深い闇の中に少しずつ光が集約し、悲痛な顔をした一人の青年が浮かび上がる。
「誰…?」 「我が名は凱亜、主の臍に封印されておる九尾の妖狐だ」 「きゅぅ…び?」 「四年前、我はこの里を襲い、主の臍に封印された」 「オレの中に居るの?」 「そうだ」 「じゃぁ、オレが死んだら凱亜も…?」 「…主が死ねば我も死ぬ」 「…でもオレは生きていちゃいけないって皆が言うんだ…それに体中が痛い…こんなの耐えられない」 「…だが我には主が必要だ。だから我は主を守る」 「まも…る…?もう…いた…くない?」
青年は鉄格子の間から手を伸ばしオレの頭を撫でながら微笑んだ。
「もう痛い想いはさせない。それにこれは主の父との約束でもある」 「お…と…ぅさん?」 「そうだ。封印される前に約束をしたのだ、主を守る…と。その約束を我に果たさせてくれないか」
青年は床まで伸びた白銀の髪を首に巻きつけ、しなだれていた九つの尾をピンと立てた。
「我の為にこのような目に遭っているにも拘らず、その主を守るとは可笑しな事だと思うだろうが、どうか信じて欲しい」 「…信じるよ。オレ、今まで何の為に生きているのか不思議だった。でも…」 「…」 「凱亜のおかげで、やっと生きる意味を見つけた。オレは凱亜の為に生きる」
にっこり微笑む凱亜に精一杯の笑顔で返し眠りに付く。 遠く意識の向こうであの里人の叫びや、木々の倒れる音がした気がしたけれど、それは自然と聞こえなくなった。
気が付くと、オレは見慣れた自分の部屋に居た。 起き上がろうとして身体中に走った激痛に再びベッドへ連れ戻される。 しょうがなく天井を見上げていると、唯一の出入り口である扉が開く音がし、そちらに視線を向ける。
「…じぃ…ちゃ…」 「目覚めておったか。どうじゃ、身体の加減は?」 「…体中痛い…」 「すまぬ…儂が目を離したばっかりに、お主をこんな目に…」
じいちゃんは、目を細め悲しそうな顔をする。 オレは心配させたくなくて無理やり笑顔を作る。
「大丈夫だよ、オレには凱亜がいるから」 「?…凱亜?」 「じいちゃんも知ってるんだろ?」
そう言って、オレは自分の腹に触れる。 途端にじいちゃんの顔が険しくなるのがわかる。
「やはり九尾の力じゃったか…」 「凱亜はオレを守ってくれた」 「そうか…」 「凱亜はオレに生きる意味をくれたんだ!だからオレを殺さないで…お願い」 「!」 「それに凱亜はオレの父さんとの約束でオレを守ってくれたんだ」 「!?…そのような約束を…そうかそうか…お主の父がのぉ」 「うん…」 「大丈夫じゃ、お主を守ると約束したのは儂も同じじゃ。儂は九尾には感謝せねばならんのじゃよ」 「じいちゃんも?」 「そうじゃ。もう少しで約束を違える所じゃった。それにしてもお主の父は本当にお主の事が心配だったんじゃなぁ」 「そっかぁ…オレ、皆に心配掛けてたんだね…」
そう呟いてナルトは俯いてしまった。
「どうしたんじゃ、ナルト」 「…オレ…強くなる。じいちゃんにも凱亜にも、オレの父さんにも心配掛けない様に強くなりたい!!」
顔を上げたナルトの表情には強い決心の色が色濃く現れていた。
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