部屋の中から聞こえる規則正しい寝息を注意深く確認し、ゆっくりと重い扉を開ける。

オートロック式のドアが何故開いたのか…それは中で眠る野獣が酷く疲れている証拠。

 

「まったく…いくら疲れてたからって開けっ放しなんて…無用心にも程があるわ」

 

そのお陰で入室できている自分を棚に上げて小さく嘆息し、薄暗い部屋の中を息を殺して歩く。

 

--なんだか泥棒みたいね…

 

状況を楽しみつつ先へ進み辿り付いた先には金色の野獣が横たわっている…

自分に気付き吠えかけたケルベロスにしーっ、と人差し指を唇に当て静かにするようにお願いすると、

理解してくれたのか、はたまた疲れて眠いだけなのか再び寝に入ってくれた。

非常等に照らされ浮かび上がる野獣はうつ伏せに、正に倒れこんだという姿勢で眠っていた。

どうしようか考えた結果、とりあえずズボンの裾を捲り上げてみる。

ゆっくりと起こさないように注意深く上げたのだが…優れた野獣の感覚はそれを察知してしまったらしい…

 

 

 

 

 

//泣虫//

 

 

 

 

「何してやがる…」

 

気だるそうな声はさっきまで熟睡していた事を物語っている。

起こしてしまった事を後悔しつつ、まもりは顔を上げた。

 

「ごめんなさい…」

「なんだ、夜這いにでも来たのか?」

「どっ…どこを見てそうなるのよ!!」

 

面白そうにからかう野獣−ヒル魔にまもりは救急箱を持ち上げて抗議する。

 

「そりゃ残念」

「…///」

「バーカ。何赤くなってんだ糞マネ…」

「な…なってないわよ!!それより起きたなら丁度いいわ。仰向けになって足見せて」

 

ヒル魔は面倒臭そうに反転し、まもりが途中まで捲くっていた裾を捲くり上げる。

足をひょいと出すと、ヒル魔はまたごろりと寝転んでしまった。

その足を見てまもりは絶句する。

 

「何これ…」

 

他の部員たちも酷かったが、ヒル魔はその誰よりも大きく腫れていた。

 

「よくこんな状態で…ヒル魔くん…バカなんじゃないの?…」

「あぁ?!……って…てめぇなんで泣いてんだよ…」

 

顔だけ上げてまもりを見たヒル魔はその光景に目を見開く。

まもりの瞳からは大きな大きな涙の粒がポタポタと流れ落ち、シーツにシミをつくっていた。

 

「ヒル魔くん一人で無理し過ぎよ…これじゃ…私…なんにも役に立ってない…みたいじゃない…」

「…」

「もっと…私のこと…頼って?」

 

泣きながら訴えるまもりをヒル魔はそっと抱き寄せる。

その行動に一番驚いたのはまもりではなくヒル魔自身だった。

 

「ヒル魔…くん?」

 

不思議そうに見上げるまもりの視線を避ける様に、ヒル魔は己の腕を目の上に置く。

 

「見るな」

「?…もしかしてヒル魔くん、照れてる??」

 

面白そうに微笑むまもりの様子が声だけでもわかる。

ヒル魔は、チッと舌打ちして悔しそうな顔でまもりを睨みつけた。

 

「うるさい…てめぇさっきまで泣いてたんじゃねぇのかよ!」

 

空しい言葉の抵抗をしてみるが、まもりが怯む事などある訳がなく…

ゆっくりとヒル魔の胸元にあった顔を体ごとずらし、ヒル魔の顔を覗きこみニッコリと微笑んだ。

 

「ヒル魔くん可愛いvv」

「はぁぁ?!」

 

はぁはぁ三兄弟じみた返答にまもりは思わず噴出す。

 

「ヒル魔くんも人間らしいところあるのね」

「人間…って、てめぇ俺を何だと思ってやがったんだ…」

「悪魔」

「…」

 

まもりの即答に呆れるヒル魔に、まもりの笑みは更に増す。

 

「ったく…てめぇいい加減上からどきやがれ…襲うぞ?」

「そんな気力も体力もないくせに〜じゃなきゃこんな素直な訳ないわ」

「チッ…覚えてろよ…」

 

まもりはクスクス笑いながら体を離す。

密着していた体から伝わる体温や、今にも触れてしまいそうなほど近くにあった顔、唇、声…

全てに名残惜しさを感じる…

ヒル魔も同じ気持ちであったら…と願いながら、救急箱に手を掛けた。