大きな高層マンションの一室。

高校生が一人で住むような場所ではない…一体ヒル魔は何者なんだろう?

不思議に思いながら、まもりは部屋の中を見回していた。

 

「そんなに珍しいかよ?」

 

ヒル魔の手には湯気の立ったコーヒーとミルク。

ミルクの方を私に渡すと、ヒル魔はさっさと着替える為に自分の部屋へ向かおうとする。

その後姿に問いかける…

 

「名前は?」

「あ?」

「アナタの名前」

「ああ、ヒル魔妖一」

「妖一くんね…私は姉崎まもり、よろしくね」

「…知ってるよ」

 

ヒル魔は小さく嘆息すると部屋に入って行った。

 

 

 

 

 

//欺瞞2//

 

 

 

 

 

着替えて出てきたヒル魔くんは相変わらず真黒で細身な服に身を包んでいて、

それが髪の金色とキレイにマッチしている。

薄っすらと浮き上がる筋肉質な胸や腕にドキドキした。

夕飯はお世話になるから、と無理を言って私が作った。

自分の作ったご飯を美味しそうに一生懸命食べる姿に思わず笑みが漏れる。

それでも自分が記憶喪失だと言う事は忘れずに…寧ろその状況をどう使おうか頭を巡らせる。

 

「ねぇ」

「ああ?なんだよ」

「私と妖一くんってどんな関係だったの?」

「どんな…って、マネージャーとキャプテン」

「ただそれだけ?」

「それだけじゃねぇの」

「そっか…」

 

落ち込む私を不思議そうに眺めながら、ヒル魔は何かを思いついたように席を立つ。

そして部屋から着替えとバスタオルを持ってきて、私に渡した。

 

「風呂入って来いよ」

「お風呂?」

「風呂入ったら頭スッキリするんじゃねか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒル魔くんがいつも漬かってるお風呂…たったそれだけの事でドキドキした。

お風呂を上がるとヒル魔はいつも通りパソコンに向かっていて。

何してるの?なんて呟きながら、そっとヒル魔の肩口から覗き込んでみたりして。

普段の姉崎まもりなら絶対にできない事…こんなにも吐息を感じてしまうほど近付く事なんて出来ない。

そんな私に吃驚したように少し身体をずらすヒル魔くんが面白くて、私はまた笑う。

 

「妖一くんって結構ウブなのね」

「バカかてめぇは…///」

 

慌てて立ち上がるとヒル魔くんはお風呂へ駆け込んでしまった。

ずっと<妖一>って名前で呼んでみたかった…それは今現実のものとなる。

何度も何度も名前を呼ぶ。

ヒル魔くんは嫌がるかなぁと思ったけど、全然何も言わないし…

もしかして呼ばれ慣れてるのかなぁと思うと、その呼んでいる人に激しく嫉妬してみたり。

楽しかった…ホントに楽しかった。

 

「もう遅い、寝るぞ」

 

そうヒル魔くんが言った瞬間、私の中で何かが警告を出していた。

私は朝には記憶が戻っていないと、病院に行かなければならなくなってしまう。

だからチャンスは今夜だけなのに…このまま寝てしまったら全てが終わってしまう。

まだ終わらせたくない!

そう思った私はとても大胆な行動に出てしまった。

 

「ねぇ、一緒に寝てもいい?」

「は?!」

「一人で寝るのなんか不安なの…お願い」

 

ヒル魔くんは暫く考えると、今日何度目かの溜息を吐き了承の意思を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒル魔くんの部屋は黒一色で、シンプルな家具の配置だった。

思ったよりも整理整頓されていて、本棚にはたくさんのアメフト関連の書籍が収められていた。

この部屋で一際大きな存在感を放っているベッドに二人して潜り込む。

自分の心臓の音が聞こえたらどうしよう…などと不安になってしまうほど近い距離。

僅かに開けられた隙間が寂しくて、ヒル魔くんに身体を摺り寄せる。

驚いた表情でヒル魔くんは私を見た。

 

「妖一くんって優しいよね…」

「何ふざけたこと言ってんだ、てめぇは…俺は優しくなんかねぇよ」

「十分優しいよ」

「ったく…早く記憶戻せよ…なんか調子狂う///」

 

そう言って顔を背けるヒル魔くんが可愛くて、私はクスクスと声に出して笑う。

 

「私、妖一くんのこと好きよ」

「な///てめぇは優しくされたら誰でも好きになんのかよ…」

「違うわ…多分、きっとね…記憶をなくす前の私も妖一くんのことが好きだったんじゃないかって思うの」

「んなわけねぇよ…アイツは俺のことセナを誑かす悪魔ぐらいにしか思ってねぇ」

「そうかしら…(そんな風に思われてたんだ…結局何も伝わってなかったのね…)」

「そうだよ」

「でも私妖一くんの隣でこうしてると、胸がドキドキするの…時々キュンって締め付けられる感じがする」

「……」

「ねぇ、妖一くん?」

「なんだよ」

「Hしようよ」

「はぁ?!」

 

複雑な表情でヒル魔くんは私の顔を見て、その顔が余りにも真剣だったから何か言おうとした口を閉じる。

 

「本気かよ…」

「もしかしたら、それで記憶戻るかもよ?」

「戻るわけねぇだろ…」

 

そう呟きながらも、ヒル魔くんの目はとても真剣で…とても野性的で…

ゆっくりと近付いてくるヒル魔くんの丹精な顔に見とれながらも、目をそっと閉じていく。

重なり合った唇から伝わる温もりがとても心地いい…

思ったより暖かいヒル魔くんの手が、自分の身体に触れるたびにビクッと身体が跳ねる。

ヒル魔くんの生暖かい舌が体中を巡る感触にゾクリとする。

 

「妖一…くん…好き…よ」

「……」

「妖一…ねぇ…私の名前…呼んで?」

「姉崎」

「まもり…って呼んで」

「……まもり」

 

初めての痛みなどすぐに消えてしまった。

耳元で囁かれる甘い声…その声は何度も何度も自分の名前を呼んでくれた。

行為の後、二人とも産まれたままの姿で抱き合った。

 

「妖一…好きよ。いっそこのまま記憶が戻らなければいいのに」

「…俺もお前が好きだ」

「…///ヒル…妖一…」

 

ヒル魔から囁かれた思いもよらぬ言葉に、危うく<ヒル魔くん>と呼んでしまうところだった…

慌てて言い直したけど、ヒル魔くんに気付かれてないかな…とヒル魔の表情を伺う。

しかしヒル魔は既に疲れたのか私を抱いたまま眠りについており、

安堵の溜息を吐き、私は彼の腕の中でゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝…タイムリミット。

私が目を開けると、ヒル魔くんがジッとこちらを見ていた。

 

「…ん…あれ、ヒル魔く…ん?」

「………そこまでだ」

「…え?」

「……すっかり騙されたぜ…よ〜く考えたら、記憶喪失とかってもっと不安な筈なのに、

てめぇときたらノホホンとしてるわ、飯は作るわ…」

「……バレちゃった?」

「昨日、最後に<ヒル魔>って呼びかけただろ…アレがなかったら完全に騙されるとこだったぜ…」

「やっぱり…?」

「ったく…心配かけさせやがって…」

「…///ごめんなさい…」

「これはちゃんと御奉仕してもらわないとな」

「え゛?!」

「当然だろ?この俺様を騙したんだからな」

 

ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてくるヒル魔くんにドキドキしながら、目を閉じようとした時…

丁度良く鳴った携帯電話…

 

『ヒル魔さん!!おはようございます!まもり姉ちゃんの様子はどうですか?』

『ああ?セナか、ちょっと待て』

 

ヒル魔は意地悪な笑みを浮かべて私に携帯を渡す。

どんな言い訳をするのか見物だ、とでも思っているんだろう。

しかし既に計画済みなのだ、この答えは。

 

『セナ…ごめんね…』

『姉ちゃん、記憶戻ったんだね!』

『うん、ホン…』

 

ホントにごめん…と言いかけて、ヒル魔に唇を塞がれる。

 

『チョッ…ヒル魔くん?!』

『まもり姉ちゃん、どうしたの?』

『なんでもねぇよ、っつーことで今日は遅刻する。朝練はドブロクに頼め!じゃあな』

 

ヒル魔は面白そうに口の端を吊り上げながら、携帯の電源を切る。

 

「ヒル魔くん…これが狙いだったのね…///」

「けーっけっけ。さあて、どんな御奉仕してもらおうかなぁ…」

「…///ヒル魔くんのバカ!」

「あれぇ?妖一って名前で呼ばないのか、まもり?」

 

ニヤニヤと笑うヒル魔くん…私はどうやら悪魔を召還してしまったらしい。