急に降り出した大雨が否応なしに身体を濡らしていく。 部活を終え、帰宅途中のまもりを襲った雨は、一向に止む気配もなく 周囲の音なんて聞こえなくなってしまうほどザーザーと音を立てている。 家までの距離はまだまだあるし… 小さく嘆息すると、都合よく目の前に現れた絶好の雨宿り場所に身体を滑り込ませた。
//アマヤドリ//
待てども待てども降り止まない雨は屋根の下に居るというのにまもりを濡らし、 少しずつ体温を奪う。 身体を温める為に両手で自分を抱き締め、せわしなく両腕を摩るが、 その甲斐もなく身体はどんどん冷えていった。
ックシュン…
「これなら雨の中帰っても同じじゃない…」
恨めしそうに雨宿りさせてもらっている高級マンションを見上げる。 と、後ろから呆れたような溜息が聞こえた気がして、まもりはゆっくりと振り返る。 そこには見知った男が立っているわけで。
「なにしてんだ、糞マネ」 「なにしてるって見ればわかるでしょ!」 「ストーカーか?」 「…なんでそうなるのよ!雨宿りに決まってるでしょ?! 何をどう考えたらストーカーなんて素っ頓狂な答えが出てくるのよ…」 「へぇ〜」 「何よ?」 「別に」
意味ありげな笑みを浮かべながら、男−ヒル魔はまもりのすぐ隣の壁に背中を預け、 止まない雨空を見上げた。 その姿に思わず心臓がドキリと高鳴る。
--///何意識してるんだろ…それにしても…
思わずヒル魔の胸元に目をやってしまう。 水を吸った白いシャツに透けてヒル魔の逞しい身体が露になっていて、 その身体のラインがどうしようもなくまもりをドキドキさせた。 と、ふと自分の身体を見て、一瞬にしてまもりは顔を赤らめた。 ヒル魔同様、自分もシャツが透けているわけで…当然彼にはそれが見えていて…
「…エッチ…」
漸くヒル魔が自分をみて笑った理由がわかったまもりはボソリと呟く。 ヒル魔はフンと鼻を鳴らす。
「お互い様だろ、スケベ。大体俺はお前みたいに別にジロジロ見てねぇだろ」 「なッ…///」 「誰かさんみたいに欲求不満じゃねぇからな」
ククッと意地悪な笑みを浮かべる姿すら、なんだか水も滴るいい男に見えてしまう… 前からカッコイイとは思っていたが、まさか雨がこの男をここまでカッコよくしてしまうとは… 雨によって普段はキンキンに立っている髪も力を失ってうなだれていて、 ちょっといつもより幼く見えるヒル魔は相変わらず嫌な笑みを顔に貼り付けたままで。
「欲求不満じゃないわよっ!ただなんか…カッコよく見えただけ…///」 「カッコよくねぇ〜今頃気付いたのかよ」 「自信家なのね」 「ったりめぇだ。自分に自信がない奴が仲間を引っ張っていけると思うか?」 「そうね」
--結局この人って何でもアメフトの事に話がいっちゃうのね…
自分の小さな告白なんてサラリと流してしまった自信家の男を恨めしげに見上げると、 ヒル魔はジッと空を見上げていた。
「もしかして照れてる?」 「……雨、止まねぇな」 「照れてるんでしょ?」 「…帰るか」 「え?……ヒル魔くん?」
まもりの言葉を完全無視してヒル魔はボソリと呟くと、 ポケットから徐に取り出した鍵で、すぐ横にあった鍵穴に指し、 慣れた手つきでピッピッピと数字を押していくと、ガーッと音を立てて自動ドアが開く。 わけがわからないと言う顔のまもりにヒル魔はニヤリと笑う。
「だからストーカーかって聞いただろ?」 「……あっ…」
ケケケと悪魔の笑みを浮かべ、中へ入ろうとクルリと踵を返すヒル魔の腕を まもりは慌てて掴む。
「ちょっと待って」 「なんだよ」 「……風邪引いたらどうするのよ」 「?」 「っていうか、普通上がっていけよ。とか言わない?」 「……一人暮らしの男の部屋に上がりこむ度胸があるならどうぞ」 「……」 「姉崎さんって結構積極的なのね〜〜〜ふしだらだわ〜〜」 「何よ!だって寒いし、家まで遠いし、しょうがないじゃない!」 「ホントにそれだけか?」 「……何が言いたいのよ」 「別に」
スタスタと暖かい室内へ入っていくヒル魔を慌てて追いかける。 無言で乗り込んだエレベーターがなんとなく息苦しくてまもりは耐え切れず口を開く。
「ねぇ、なんでさっきまで私の雨宿りに付き合ってくれたの?」 「なんででしょう」
結局そのまま会話は途切れてしまって。 なんでかドキドキする胸に手を当てながら、まもりは大きく深呼吸をした。 それと同時にエレベーターがチンと音を立てて停止する。 珍しげに周囲を見回すまもりなどお構い無しにヒル魔は廊下を突き進み、 突き当たりの扉の前で鍵を開けようとして手を止めた。 不思議そうに見上げると、ヒル魔は片方の腕を額にくっつけて 軽く扉に寄りかかっていた。
「いい加減気付けよ」 「??」 「ここから先に入ったら、俺はお前を帰してやれる自信はねぇ」 「…」 「わかったら帰れ」 「やだ」 「……」 「風邪…引いちゃうでしょ…」 「タオルぐらい貸してやる」 「寒いって言ってるじゃない」 「着替えも貸してやる」 「ここで着替えさせる気?」 「……」 「…いい加減気付いたら?」 「…」 「何も考えずに女の子がこんなところまで来ると思うの?」
驚いた表情を隠さないまま、ヒル魔の目がまもりの方に向けられる。
「寒いの。暖めてくれるんでしょ?」 ニコリと極上の笑みを浮かべれば、 ヒル魔は呆れたように嘆息し、止めていた手を動かすとガチャリと鍵を開ける。
「淫乱」 「…ヒル魔くんにだけよ、多分」 「多分かよ…」 「で、なんで雨宿り付き合ってくれたの?」 「お前と同じ理由だ。多分だけどな」 「多分なの?」 「お互い様だ」 「お互い様ね」 「…来いよ。暖めて欲しいんだろ」 「…///」
バタンと閉じられた扉の向こうで何があったのかは、秘密のお話で。 ただその日を境に二人がとても仲良くなったらしいんですが…なにがあったんでしょうね?
|